ペットボトルロケット

創作物を咀嚼しては、ただ面白いとだけ吐き捨てた。

狭き門 ジッド



狭き門 (新潮文庫)

狭き門 (新潮文庫)

 

 

早く父を失ったジェロームは少年時代から夏を叔父のもとで過すが、そこで従姉のアリサを知り密かな愛を覚える。しかし、母親の不倫等の不幸な環境のために天上の愛を求めて生きるアリサは、ジェロームへの思慕を絶ち切れず彼を愛しながらも、地上的な愛を拒み人知れず死んでゆく。残された日記には、彼を思う気持ちと”狭き門”を通って神へと進む戦いとの苦悩がされていた……。

 

 

巻末に添えられている解説に『これについては語りたくないほどな書物、読んだことさえ人に話したくないほどの書物、あまりに純粋であり、なめらかなるがゆえに、どう語っていいかわからないほどな作品』との一文があるが正しくそのような物語のように思える。

 

 

まず、第一にこの物語はけして悲劇とも言い切れない。

アリサに関して言えば自分が望んだ道であり、ジェロームからして見ても精神的な被害を受けたにしても次の女性を見つけ結婚すればいい。

そういう問題ではない。ということは理解している。しかしながらアリサはただジェロームのさしのべる手を掴むチャンスは何度もあったし、ジェロームがアリサの死後恋人を作らずアリサの思い出――生きた道に操を立てているのは本人達の意思に他ならないのであるから。

 

だからこの物語は”どう語っていいか”分からないのである。

アリサが可哀想だ。というのはお門違いだし。かといって幸福であったかと言われれば首を縦に振ることも出来ない。

ジェロームは個人的な意見を言わせて貰えれば「とんだ地雷女を選んでしまったな」という感想なのだけれど、とうの本人は別の女性を選んでおけばよかったなどという後悔は全くないだろう。

 

上記のあらすじを見ていただければわかるようにこの物語の最終章は『アリサの日記』という形式で綴られていく。ちなみにこの物語は約221Pに渡って構成されているがアリサの日記が始まるのは182Pからである。従って僕は上記のあらすじが本の裏に書いてあることに気づき大変憤慨した(ちょうどそれに気付いたのはアリサの日記の項にたどり着いたときだったが)。

というのも誰がどう考えてもこれまでの腑に落ちないアリサの言動、行動(ジェロームへの好意を持っていながら婚約を忌避する様)に対しての答えがそこに示されており、すべての謎は解決しこの物語が正しいエンディングに向かうように思えたからだ。手紙にてアリサの訃報を知り、主人公(と我々読者)の目の前に突然その日記が現れるからこそいいのであり、最初からネタバレをしてたら興ざめもいいところだからだ。

しかし、良くも悪くも僕のその期待は裏切られた。日記を読んでもアリサがなぜジェロームを拒絶するのかが理解出来なかったからである。

というのもアリサが何故ジェロームとの婚約に応じなかったのかという理由に関してはきちんと明記されてるにも関わらず僕がそれを一切理解することが出来なかったからだ。

上記のあらすじに寄るのであれば信仰のために地上的な愛を拒んだからである。

しかしながらそれは厳格なプロテスタント主義から来る思想であり、宗教観に乏しい我々いえろーもんきーには理解出来ないのだろうということでそこで考えるのを諦めた。

以下に僕が読書管理をしてるサイトからいくつか拾ってきためぼしい感想を置いておく。あっているかはともかくとして大体こんな感じなんだろうと思う。巻末にジッドの生涯が記載されてるあたり、最後の感想の最後の文なんかは概ね正しいように思える。

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まあ、でもぶっちゃけると個人的には意識高い二人の恋の末路って気がするんだよね。理想の女性のために理想の男性になろうとするジェロームと、理想の女性のために理想の男性になろうとするジェロームに対して理想の女性になろうとするアリサ(以下ループ)みたいな。

本質的にはそういうことじゃないんだろうけどね。